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@PROFESSIONAL USERS クリエーターインタビューby LAVA  
10 画面がキレイな液晶ディスプレイで、絵を描く仕事がだいぶ楽になりましたね。
本人写真
本人写真
漫画家 久住昌之 Masayuki Kusumi

1958年7月15日 東京生まれ 
法政大学社会学部卒
美学校・絵文字工房にて赤瀬川原平に師事
1981年、美学校の同期生・泉晴紀と組んで「泉昌之」名でガロ誌に短編マンガ「夜行」を持ち込み入選、マンガ家としてデビュー。泉昌之の初の単行本「かっこいいスキヤキ」(青林堂)が評判になり、それをきっかけに文章、イラスト、デザインなどの仕事もするようになる。装丁の仕事も多数(橋本治、大友克洋、杉浦日向子、いしかわじゅん、松尾貴史、内田春菊、赤瀬川原平ほか)。80年代後半は多数のビデオ制作にも関わり、87年から2年間「タモリ倶楽部」の人気コーナーだった「東京トワイライトゾーン」にレギュラー出演する。90年には実弟・久住卓也と、新しいマンガユニットQBBも始める。NHKでは「未来派宣言」のレポーターとして98年に「功労賞」をもらっている。パソコンソフト「PostPet」ではペットの部屋のひとつ「土間付きボロアパート」をデザイン。一部海外でも話題に。99年、QBBで発表した「中学生日記」(青林工藝舎)で、第45回文藝春秋漫画賞を受賞。2004年、谷口ジローと組んで描いたマンガ「孤独のグルメ」(扶桑社文庫)が、イタリア、ついでフランスで翻訳出版される。最新作はエッセイ「食い意地クン」(二見書房)と「とうとうロボが来た!」(幻冬舎文庫)

代表作
泉昌之名でのデビュー作「かっこいいスキヤキ」(現在扶桑社文庫)、初の週刊誌連載だった「ダンドリ君」(現在ちくま文庫)、「豪快さんだっ」、「ジジメタル・ジャケット」他。QBB名「とうとうロボが来た!」(幻冬舎文庫)「中学生日記」(新潮文庫)。谷口ジローさんとの共著「孤独のグルメ」(扶桑社文庫)。エッセイ「小説・中華そば江ぐち」(新潮OH!文庫)文章と写真の「工夫貧乏のシアワセ」(双葉社)。
http://www.qusumi.com

第10回目の@PROFESSIONAL USERSは漫画家の久住昌之氏。最近引っ越したばかりの吉祥寺にある仕事場にてLAVA氏がお話を聞きました。

インタビュー画像1――まず久住さんが漫画家さんになるまでの経緯を教えて下さい。

漫画家になるつもりはなかったんです。19歳の時に通っていた美学校で同級生だった泉晴紀さんが漫画家になろうとしていて、雑誌に投稿しようとしてたんです。それを見せてもらって”何だか絵が妙に古臭いなー”なんて思ってたんです。それで僕が12ページの馬鹿馬鹿しい話の絵コンテを作って泉さんに渡したんです。それを彼がその古くさい真面目な絵のまま作画して「漫画アクション」にふたりで持って行きました。当時の編集者の人にボロクソに言われましてね。絵が下手とか話も面白くないとか。それから小学館に持っていったら結構面白いって言われて。でも今うちの会社にこの作風を載せられる媒体はない、来年そういう漫画誌が創刊されると言われて。それが「ビッグコミックスピリッツ」だったんです。でも僕らはそれを待たずに「ガロ」に持って行ったんです。それがデビュー作の“夜行”と言う名の短編漫画で、トレンチコートを着た男が夜行列車で駅弁食べるっていうだけの漫画です。そこで始めてふたりの合体作が世の中に発表された形になります。“泉昌之”いう名前で。

――それから真剣にその合体チームで漫画家さんとしてのビジョンを固め出したのですか?

インタビュー画像2そんな感じじゃなかったですね。僕はまだ当時学生で、作品は2ヶ月に1回「ガロ」に載るようにはなっていましたが、原稿料は出ない雑誌でしたし(笑)、泉さんもビル大工の仕事をしながらって感じでした。それに僕は音楽もやってまして、ギターは中学生の頃から始めて、バンド活動なんかもしていたんです。知り合いの劇団の為に音楽も作ったりしていましたよ。でもその頃ってちょうど時代の変わり目だったんじゃないかな。イーストウエストっていう大きな音楽のオーディションに先輩達が出るからっていう時に出てきたバンドがカシオペアやサザンオールスターズ、あとシャネルズ。その一方でYMOが出て来て。何か日本の音楽がバラバラになってきた、言い換えればメインがなくなってきたなって印象を受けたのを覚えています。それで“自分にもメインがないな”って思い始めて。でも音楽はどれも面白かったですね。新しい時代が始まるなって思いました。それと別に僕はジャズに傾倒していって、ブルースなんかにもはまっていきました。

――漫画はどうなっていったんでしょう?

音楽にはまりつつも同時に進行してましたよ。何か今思うと肩の力は最初から抜けていましたね。それが良かったんでしょうかね。“俺は絶対漫画家になるぞ!”って感じじゃなかったですから。それで結局大学は留年しまして、でも実家にいたので慌てる感じでもなかったんです。だんだん文章書いたり、イラストを描く仕事も始めていたので、編集者から実家に電話がかかってきたりするんですよ。親は僕が何してるんだかよく分かってなかったでしょうね(笑)。それでも無事学校も卒業しまして。23歳の時に”かっこいいスキヤキ”が単行本としてリリースされました。

インタビュー画像3――僕も高校生の時に読みました。当時のガロや青林堂の漫画、大好きでしたよ。何だか他の漫画よりも分厚かってりして、”漫画も変わっていくのかな”って思いました。僕も当時は倒錯している本や訳分かってないのにシュールレアリズムの小説を片っ端から読んだりしていました。それと音楽にしろ、漫画でも始めてインディーズなんていう言葉が出てきた時代でしたよね。

そうですね。当時のインディーズバンドで人気のあった有頂天の“土俵王子”のジャケットデザインも僕がしましたよ(と言ってジャケットを見せてくれる)。

――あー、なつかしいですね。これ久住さんだったんですね。

はい、5千円でやりました(笑)。それから当時は装丁の仕事も多くなってきたし、漫画中心の生活が始まっていった感じでした。それとお芝居のチラシやポスターもたくさんデザインしました。劇団って基本的にお金ないからギャラなんてもらえないんだけど、やる気はマンマンじゃないですか。そういうのって好きだったなあ。でもそんな事続けていたら、仕事の種類はどんどん増えるばかりで(笑)、自分の立ち位置が分らなくなってきて”弱ったなあー”って(笑)。

――その頃になっても自分が“漫画家だ”って意識は生まれてないんですか?

はい。ずっとバンドもやってたしね。モダンヒップっていうバンドで作詞、作曲、コーラス、ギターを手掛けていました(当時のレコードをここで見せてくれる)。

インタビュー画像4――本当の自由人ってやつですね、久住さんは。

うーん、そうなのかなあ。でもその時々には自分の中では節目はあったんです。マンガを描く前は4〜5歳上の友人がある編集プロダクションで働いていて、コラムのカットの仕事を紹介してくれて“こういうのをやっていてイラストレーターになれたらな”ってボンヤリ思ってましたが、漫画描き始めてそういう気持ちも消えたし。それと当時母親が切り絵を習い始め、うわ切り絵ってダサイ(笑)て思って、でもふと、ダサくない切り絵ってのできないかなって思い、有名ミュージシャンの切り絵を切ってみた。それが意外にポップに仕上がって自分で気に入って。たまたま「ジャズライフ」という雑誌に紹介されたので、そこに載せ始めたんです。以来ジャズライフも切り絵も20年以上続いてます。今思うと、この辺が自分の転機でしょうね。泉さんと始める時もそうだったんですが、彼のは古くて、時代錯誤で。切り絵も何か古臭いなって思ったりして。という事は自分の転機になる瞬間って、いつも流行ではないものから始まってるんです。それが僕の新しい自分の入り口なんです。あるひとつの才能って自分にはないと思っています。でも時代から遅れてるものに何故か可能性を感じて、それって僕の感覚的な所なんでしょうが、時代にそっぽ向かれてるものになんか可能性を感じるんです。ひと時代築いた古いものに立派なオリジナリティを感じる。そしてそれを自分の一番ユルイ部分と混ぜ合わせると、なぜか仕事につながっていくんです。

――とても面白いお話ですね。僕自体、久住さんにオリジナルなものを感じますが(笑)。そしてその後は?

漫画アクションに“ダンドリ君”という作品を連載しました。それは単行本としてもヒットしました。

――いいですよね、ダンドリ君、大好きでした。

はい。でもそれから“泉昌之”としての仕事もやりつくしたかなって思えてきた時期に、弟がシルクスクリーンの工房で働いていたんだけど、このままこの仕事で生きて行くかで彼は悩んでいて、僕の所にイラストのサンプルを持ってきたんですね。それが子供の絵でとっても可愛くて良かったんです。それと、泉昌之には子供や少年が出てくるものがないなって思って、兄弟で合体して作品を作ろうって思ったんです。それで小学生の話を書き始めて、何作目かに“とうとうロボが来た!”という作品を作りました。若い人達がこの作品をリスペクトしてくれて、これもひとつの転機になりました。それから結婚式でよく友人から新郎、新婦のスライド制作を頼まれて作ったりしてたんだけど、みんな中学生の頃の写真って見せたたがらないんですよ。中学生ってちょっと子供でちょっと大人になりかけててみたいな時期で、妙に恥ずかしい頃だったりするでしょう?髪型も変だったり。それで中学生ってダサイなって思って、思い出したら自分にも恥ずかしい思い出がザクザクある。これはすごい鉱脈見つけたって思って(笑)“中学生日記”という作品にしました。これがどうしたことか”文春漫画賞”を受賞しました。

インタビュー画像5――なるほど。ではパソコンでのお仕事について少しお話していただけますか?

基本的にメカは苦手なんです。“ハイテクが何だ!”なんて言う著書もあります(笑)。でもそのおかげで、インターネットが到来した時期に「パソコンが出来ない久住にインターネットをやらしたら?」っていう企画が浮上したらしく(笑)インターネットアスキーという雑誌に“インターネットとは何だ”という体験漫画を描き始めました。会社の人がパソコン持って来て「やってみて下さい」って言うんだけど、全然出来ない(笑)。月刊誌なんだけど1ヶ月でほんの少ししか進まない。読者から「この人なんとかしてやってくれ」という投稿が来たそうです(笑)で、ようやくわかり始めた頃に、ホームページの時代が来て「じゃあ久住にホームページを作らせてみよう」みたいな企画に変わっていって(笑)。2年かかってやっとできた。僕のホームページは基本的にその時のまんまです。雑誌がなくなったら辞めようかとも思ってたんだけど、ファンが見るから結局は日記とか辞められなくなりました(笑)。でもおかげで今はパソコンはすごく使います。これも性格だと思うんだけど、結局は注文とか、外圧というか、黒船が来ないと開港しないんですよ、僕って。いつも自分からは切り開かない。新しいものに弱いのに、あからさまに弱いせいでやらされる。

――なるほど、それも個性的ですね。漫画を書く事でパソコンが役立つ事ってありますか?

インタビュー画像6インターネットですね、やっぱり。例えばゴリラの絵を描くとしますよね。昔は図書館に行ってゴリラの写真が載ってるものを必死で探すわけですが、案外少ないものなんです。でもインターネットでゴリラを検索すればとてつもない程のゴリラが出て来るんです。いつでも、全世界から、ありとあらゆるゴリラの絵や写真が出てくる。夜中に屋形船を描かなければならなくなっても“あれ、屋形船の提灯はいくつぐらいあったっけ?”って困りますよね(笑)でもネットで検索すればすぐ解決。インターネットで僕の漫画の発売の事なんかも告知すると、またたく間に読者から“今帰りのバスの中で読んでます”なんていうメールが来たりする。何だかすごいですよね。でもその反面、ひとつ便利になると、ひとつ面倒くささも増える、とも思っています。世の中のめんどくささの総量は一定なのではないか。それと僕の場合は基本は紙と鉛筆。そこからイメージするのは昔も今も変わらないです。

――バッファローの19型アナログTFT液晶カラーディスプレイスピーカ内蔵モデル FTD-G931ASをお使いだそうですが?

以前は液晶ではないものを使っていいたんですが、場所をとるので机が全然整理されないまま仕事をしてました。僕はまず机で下書きを描いて、そこから色々進めていくので机の上に場所をとる大きなモニターがあると不便なんです。でもこのバッファローのモニターを使ってからは絵を描く際に机が広くなり、圧倒的に使いやすくなりました。このうす型、いいですよね。それと前のものと比べても液晶のクオリティーが上がったと思います。ノートパソコンを使っていた時のものよりもキレイですね。デザインもすっきりしていて好きです。心配していたのは、御覧の通りこの机の前は窓だから画面が見にくくなるんじゃないかなって思ってたんだけど。全くそんな事はなかったです。あとはやはり僕の場合絵を描く仕事なので、液晶にしてからは色に対しての不安がありましたが、それもこのモニターにしてからは全く気にならなかったですね。それとスピーカー、内蔵だけどちゃんとステレオだし(笑)。

――最後になりますが、久住さんのようにこれから漫画家さんを目指す人達に一言お願いします。

なにもかも全部自分でやろうとすると、力みすぎてその人本来の面白さというか、力が出ないことが多いです。もし自分に出来ない部分があったら、そこが出来る人と組んでやればいい。絵でも音楽でも。ひとりでやるのは、その後でもいいじゃない。二人のほうが、責任も半分になるので、肩の力が抜けます。コラボレーションのススメです。気軽にコラボって、楽しんでチャンスというか、きっかけを見つけて下さい。

――久住さん、今日は本当に面白い話をどうもありがとうございました。


江ぐち ラーメン画像

 

クリエイターの好きな料理“この一品!”
三鷹のラーメン屋・江ぐち:ラーメン(400円)
久住氏曰く“どうして好きかというと、中学生の頃から食べているので、もはやお袋の味ならぬ「己の味」になってしまったから。どのくらい好きかというと、直接店の人に何も取材しないで本を一冊書いてしまったぐらい”
※久住氏の著書「小説 中華そば「江ぐち」(新潮OH!文庫)」

インタビューの様子もご覧下さい。
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高視野角・高コンストラスト比の大画面19型液晶ディスプレイ FTD-G931AS 製品写真
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