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@PROFESSIONAL USERS クリエーターインタビューby LAVA  
11 LinkStationはアイデアの金庫。ときどき開けてイメージを膨らませます。
本人写真
本人写真
ジュエリーデザイナー 川崎能史 Yoshihito Kawasaki

1960年12月静岡生まれ。1983年、某アクセサリーメーカー入社。1987年、退社、上京し世田谷にて工房を構える。2000年、原宿に移転。2004年、裏原宿にアクセサリーショップ"JET GARAGE"オープン。

取り扱いブランド:
SWELL/Plug/carburtor
Dragon AshオフィシャルアクセサリーD.A.S.C.
13cross
http://www.jet-web.co.jp/


――川崎さんはジュエリーデザイナーという僕自身も興味深いジャンルのクリエイティブに携わっていますが、何故その道を選んだのでしょうか?

幼稚園の頃に自分は手先が器用な事が分かったんです。周りの子供達よりも何を作らせても早いし、上手かったんです。自分は物作りが好きなんだなと気付きました。でも僕は自分の将来を”これだ!”と決めるような青年ではなかったんです。ただ何となく高校を卒業して、3年程サーフィンなんかしながら過ごしてました。

――川崎さんは静岡県出身ですよね?

はい。実家はみかん農園です。長男なんだから継がなきゃなあなんて思ってたんですがね。それで高校生の時に仲良しの友人がいたんですが、彼の親がシルバー系のジュエリー会社を経営していたんです。それで何となくその会社に就職してみました。

――川崎さんの両親は許してくれたんですか?

多分すぐに辞めるだろうと思ってたみたいですよ(笑)。

――でも何となく入りこんだそのジュエリーという世界が川崎さんの将来を決定してしまった訳ですね。

そういう事なんです。

インタビュー画像1

川崎氏のオフィス兼、工房。見た事もないマシーンが並んでいます。これが美しいジュエリーを作り出すんですね。


――へー、そういう経緯もあるんですね。で、そのお友達の会社で決定的な何かが起きたんですか?

そういう訳でもないんですが(笑)。結局4年半程その会社にはいたんですが、そこでは物作りを深く追求して行くといった感じではなかったんですね。銀を流し込む鋳造(ちゅうぞう)という作業から、ひたすらシルバーを磨いていくといった日々の繰り返しでした。それで結局全部自分でやりたくなったんですね。要はゼロから商品が完成するまでの行程全てを自分でやりたくなったんです。

インタビュー画像2

実はインタビュー後にLAVA氏のジャンパーのジッパー部分が壊れてしまい、川崎氏がいとも簡単に直してしまいました。流石!

――デザインから携わっていくという事ですね。

そうです。それでファッションの世界はここ静岡よりもやはり東京だろうと思い、25歳の時に上京しました。静岡時代の友人の会社で働いていた頃にその会社と関係していたジュエリーのクリエイターがいまして、彼に“東京でやってみれば?”と言われていたんです。それでそのクリエイターの東京の工房で働く事になったんです。場所は新宿でした。そこでジュエリーの原形作りから学びました。この世界には銀を叩く鍛金(たんきん)、そして先程お話した流し込む作業の鋳金(ちょうきん)、それと削っていく剛金(ごうきん)と3つに分かれるんですが、僕はそこで徹底的に剛金を教わりました。それで師匠と思っていたそのクリエイターから仕事をもらっていました。

――いきなり東京に出て来て、アルバイトもせずにすぐにやりたい事でお金になっていたんですね。それは凄い事ですよ。

師匠曰く”もうお前は出来ている”と言われていました。才能があると彼に言われた時は嬉しかったですね。ただすんなり行く毎日ではなかったですよ。朝から晩までヤスリや糸のこでひたすら削り続ける毎日でした。それで1年間彼の所でみっちり学び、26歳で独立しました。東京の池尻大橋に知り合いと10畳のマンションを共同で借りて、仕事を取っていくという感じでしたね。


――すぐに仕事はありましたか?

ヴァンドーム山田というレディースもののアクセサリー販売会社のクライアントが出来ました。そこの仕事をひたすらやり続けました。

――今までの話を聞いてなんですが、川崎さんは絶対に軸がぶれないんですね。ひとつの目標を掲げる人間は必ずぐらぐらする時期が来るものだと思うんですが、川崎さんの場合は実に忠実ですよね。まったくやりたい事への軸がぶれてない印象を受けます。

何がそうさせているかはよく分らないんですが、僕の場合は本当に自分が器用だと思ったから始めた事なので、まわりの雑音みたいなものは一切気にはならなかったですね。それにオリジナルを作っていきたいという思いは日増しに大きくなっていくので、そんな簡単な世界でない事はもう分かっていましたから、ひたすら作り続けるしかないんです。

――よく分りました。それでその後池尻大橋の近くの三宿に移りますよね?

はい。仕事も増えてきたので、もう少し広い所に移りました。ヴァンドームの仕事意外にも製作は増えてきました。ただしまだオリジナルを売っていくという感じではなかったですね。それで31歳の時に”フロンティア”という合同展示会があるのを知って、年に2回、ラフォーレ原宿や代々木第2体育館で行われていたので、僕のシルバーのオリジナルのジュエリーをそこで展示し始めたんです。メインは卸しへのプレゼンでした。

―評判はどうでしたか?

インタビュー画像3

川崎氏の金庫でもあるBaffalo Link Station HD-H250LWG。画面上には最近のデザイン画が映ってますね。


うーん、評価はあったんですが、オリジナルの商品で商売に持って行く程ではなかったです。僕はバイクが大好きなので、メンズのリング等をやりたかったんですが、まだまだ一部のコアな層やマニアにしか受け入れてもらえるものでしかなかったんですよ。その後も試行錯誤は続きますね。ただし人のつながりはたくさん得ましたよ。

インタビュー画像4

パソコンでデザイン画をチェックする川崎氏。
まさにデジタルとアナログを両立させています。

――それである人物に出会いますよね?

そうです、彼はDragon Ashのマネージメントをしていまして、そのオリジナルアクセサリーを作って欲しいという依頼を受けたんです。それで最初に作ったのがネックレスでした。その後にチョーカーという革ヒモを使ったネックレスも作りました。メンバーには大絶賛だったんです。そして彼等はそれを付けてライブをしたんですね。それで今度はピアスと、たくさんのワイルド系のアクセサリーを彼等に作りました。そしてDragon Ashは大ブレークしたんです。

――何が起こるかわかりませんね、この世界は。でも僕も好きでシルバーのものは身に付けていますが、必ず左手首から付けるとか、迷信じみたものをアクセサリーには感じますよね。最近もらったキューバの石がついたこの指輪ですけど、これをつけると仕事運が上がるよと言われてから付け続けています。そういった運気みたいなものもジュエリーには感じますよね。きっとそのバンドも確実に川崎さんのシルバーが強運をもたらしたと思っているでしょうね。

そうだといいんですがね(笑)。


その後、この川崎さんの会社"JET"を設立したんですね。

そうです。今から7年程前ですね。

――当然、Dragon Ashのアクセサリー販売も始めたんですよね?

はい、受注販売でしたが凄い人気でした。女性からも男性からもリクエストはありました。ピアスやリングが人気でしたね。それと僕自身のバイクをモチーフにしたジュエリーも人気が出て来ました。ほら、基本的に男ってメカニック好きじゃないですか。何故か車のエンジン内に僕も引かれるものがあるんです。バイクやハーレーだからどくろのマークみたいなものとかじゃなくて、もっとピストンとかキャブレターとか(笑)。その辺が僕の個性と呼べるとこなんでしょうね。

――実はさっき川崎さんのお店でオリジナルブランドのひとつでもある、 carburetor(キャブレター)のネックレス買っちゃいました(笑)。

ありがとうございます。

――数ある川崎さんのオリジナルブランドの説明をしてもらってもいいですか?

インタビュー画像4

これが去年オープンしたばかりの人気スッポット裏原宿にある、自身によるオリジナルショップ"JET GARAGE"。


はい、SWELLというのが今1番売れているものでメンズのジュエリーです。Plugはレディース、LAVAさんの買ってくれたcarburetorはモーターもののアクセサリーです。僕自身が1番浮き出ているブランドですね。13crossはイラストレーターの友人 と一緒に作っているハーレーもののジュエリーです。

インタビュー画像4

ショップで販売されているオルジナルジュエリーの数々。どれも欲しいものばかりです。

――今後のプランとかはありますか?

やはりオリジナルものを爆発的に売っていきたいですね。でも日々試行錯誤なんですけど(笑)。お店もオープンしてから1年経ちますが徐々に売れてきました。この界隈にいる男の子達によく売れているんです。男性物のジュエリーは、やはりクロームハーツが上陸した事で盛り上がったと思います。セレブ層だったり、逆に値段が高いのがステータスだったり、芸能人がしていたり。でもシルバーもののブームはもう終わったと思うんです。ただし女性だけのジュエリーのマーケットがこれを機に倍にふくらんだんです。この事実をしっかりと受け止めて、個性的なジュエリーを作っていけたらと思っています。

――川崎さんはデザインでパソコンをお使いとの事ですが、現在使用しているBuffalo LinkStation HD-H250LWGについてお聞かせ下さい。

僕の場合たくさんのデザインをパソコンを使って書いていきます。もちろん全てがOKというものばかりではないんですが、思い付くとすぐにパソコンに向かいます。なのでハードディスクはその莫大なデザイン画をストックする為の貴重な金庫みたいなものです。その全てのデザインのバックアップも保存しているので、容量が大きければ大きい程助かるんです。時に過去の作品を見直して、そこからイメージを作り上げて行くという事も多いので、すぐに取り出せる為のストックは僕にとっては大切なものです。その僕の全てがこのハードディスクに保存してあるわけです。それにこのBuffalo LinkStation HD-H250LWGは我が社に何人かいるデザイナー達ともアイデアを共有できるので、作業がはかどりますよね。

 


――川崎さんはパソコンでジュエリーをデザインする事で何か過去の作業と決定的に変わった事って何かありますか?

自分の目指す作品は”左右対称、真直ぐなものは、真直ぐ。丸いものは丸い”と言った単純なことなんですが、基本的なことほど手の作業になると難しい。でも僕の追求しているのはそこなんです。

――まさに軸がぶれない!

ははは(笑)。そうなんですよ。ものを作る上でそういった基本的な技術が必要になってくるんですけど、パソコンだと左右対称のデザインもすぐに書けるし、それが書けて実際にそれを作品にする事で自分の技術にもつながっていきますよね。それにパソコンが出て来た事で自分のデザインもよりち密に変わっていきました。なのでデザイン画のデータも昔よりもどんどんと重くなってきています。このハードディスクはその重さにも十分に耐えられるし、それをLANで飛ばせて、共有出来る。ストックという意味でも大切ですし、安心してデザインが書いていけます。性格なんでしょうけどバックアップのバックアップも最近とっています。いくつハードディスクがあればいいんだ!って感じなんですけどね(笑)。

――では最後に川崎さんのようなジュエリーデザイナーを目指している人達メッセージをお願いします。

大変なので辞めた方がいいです(笑)。でも長くやる事ですかね。こつこつとやっていく根気のいるジャンルですから諦めずに頑張って下さい。

――今日は本当にどうもありがとうございました。

インタビュー画像4

この日購入した川崎氏のオリジナルネックレスをしたLAVA氏と一緒に撮影。


五反田のラーメン屋「がん」:ねぎラーメン

 

クリエイターの好きな料理“この一品!”
五反田のラーメン屋「がん」:ねぎラーメン
“とんこつしょうゆで美味いです。”との事です。

インタビューの様子もご覧下さい。
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無線機能付き外付LAN接続ハードディスク“LinkStation” HD-HLWGシリーズ 製品写真
ブロードバンドルータやハブについているスイッチポートにつなぐだけで、みんなで共有して使えるハードディスク「LinkStation」の無線対応製品。高速なIEEE802.11g無線LANを搭載し、LANケーブルを引き回す必要もなく無線LANでスッキリ設置できます。

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