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@PROFESSIONAL USERS クリエーターインタビューby LAVA  
13 バッファローのハードディスクの数が私の仕事の歴史です
本人写真
本人写真
デザイナー 畠山尚子

1974年 千葉県船橋市生まれ。
1998年に金沢美術工芸大学工業デザイン科卒業。同年、株式会社慎貞吉建築設計事務所に入社。バリアーフリーの住宅/2世帯住宅等を設計。2000年からは株式会社パオパオにて主にPOPデザイン/ディズニーシーのおみやげのデザインなどを担当。
2001年2月に株式会社スーパーポテトにてアルバイトとして上海のレストランやバリのゲストハウスなどのCAD入力を担当後、同年5月に株式会社アクス入社“渋谷西武B2F 「セタンジュ」リニューアル計画”“葉山マリーナ改装計画”等を担当。
2002年4月 株式会社プラン・ドゥ・シー入社現在に至る。

■主なデザイン担当物件
2002年 8月・ナチュラルステーション青葉台店(横浜) 
2003年 5月・THE PACIFIC HARBOR (徳島)
     9月・THE GARDEN ORIENTAL KYOTO(京都/東山)
2004年 5月・PANETTERIA ARIETTA(東京/五反田)
     8月・WITH THE STYLE (福岡/博多)
2005年 4月・THE TREAT DRESSING(福岡/博多)

■受賞経歴
1998年 ・東京デザイナーズウィーク「デザインプレミオ」
      プレミオ賞/ギャラリーモア賞 


今の建築デザイナーのお仕事についた理由、それもそのキッカケが幼少の頃にありましたか?

小学校1年生の時に給食のおばさんの絵を書いたんです。何故かバックの色をピンクでまとめたりしながら。そしたらその絵が市長賞をいただく事になりまして...。

――えー!若干7歳でですか?

はい、色使いがいいね、という事でした。その頃から親が“この道に行きなさい”って言い出しまして。その後も色んな人に絵を誉められるようになって、何となく”あ、自分は絵が上手いんだな。”って自信を持つようになっていって、”こっちの道に私は行くのかな?”って思うようになっていきました。でも基本的には美術は好きで、得意でしたよ。

――その後の進学はやはり美術系に進んだんですか?

インタビュー画像1

恵比寿にあるプラン・ドゥ・シーのオフィスです。本当に活気のある、いい感じの会社です。


高校生の時に船橋美術学院という所に通っていたんですが、道が固まったのはその頃でしょうね。成績も良く、平面構成(色だけで構成する幾何学模様)とかが得意でした。でも今思うと95%は親が上手いと言い続けてくれた事だと思います(笑)。その後は金沢美術工芸大学の友禅染めの染色の方面に行きたかったんですが、落ちました。でも同じ大学の工業デザイン科に受かる事が出来たんです。でもこの頃に壁にぶつかり始めました。学校で教わっていたのは“機能あってのデザイン”というもので、例えば携帯電話や電化製品、車等、勉強したものはコンセプトありきのデザインだったんです。もちろん工業デザインなので、それが当たり前なんですが。

――本人的にはどんなデザインをしてみたかったんですか?

形がキレイなものや、色がキレイないわゆる外側からデザインを組み立てるものがやりたかったんです。でも教わっていたのは足りないものを補うようなデザイン、生活を便利にする為のデザインでした。でも学ばなくてはと思い勉強しましたが、ついて行けずに成績はとても悪かったんです。

インタビュー画像2

これが手掛ける店内の図面ですね。横にはバッファローのハードディスクHD-250U2があります。畠山さんはこの他に何台もお持ちです。

――イタリアのものでエスプレッソマシーンに多かったんですが、“あ、これ凄くカッコいい”とか思って買うと、すぐ壊れたりするんです(笑)。機能、デザイン、どちらも優れているものがやはりベストだと思うんですが。

その通りなんですが、何故かデザインを3Dで考えられなかったんです。平面になってしまうんですよね。それにコンセプトも考えられなかったんです。例えば大学の課題で、学校の敷地内に図書館を作るのでコンセプトを考えなさいっていうのがありました。本当に自分には企画力がないなと痛感しました。全くプランを立てられないんです。

――結局どんなプランを提出したんですか?

森の中にある図書館。

――いたって普通ですね(笑)。

先生も無反応でした(笑)。でも色んな自身の今後への思いがある中、卒業制作で金沢の果汁農園の仮想デザインをしたんです。そこは年配者が多く跡継ぎがいないという事を知っていたので、そこを市民に解放する総合センターとしてプランニングして、水路にそったデザインの総合センターを設計してみました。


――先生達の反応は?

とても誉められました(笑)。それから卒業したんですけど、卒業旅行っていうのがあってバリに行ったんです。たまたま予約したレストランが真っ暗で、高台に個室があって、その下には水が流れていて火が焚かれていました。私、そこが凄く気にいったんです。それでお店って人を感動させられるんだなって思って、単純に人を感動させられる仕事につきたくなったんです。レストランを作る事で、言葉ではなくデザインで人を感動させようって。

――それでほぼ進路は決定という感じですね。

はい、その後は結構色んな所で働いたんです。まずは知り合いの建築設計事務所。工業デザイン出身なのでまず図面がちんぷんかんぷん(笑)。先輩が書いた図面にトレースしてずっと勉強していました。この世界の言葉もここで覚えていきました。住宅金融金庫からの借り入れ金の取り方や金利の勉強もしました。実践の中で覚えていくんでもう毎日が大変(笑)。設計する事でそれに附随してくる事は本当に多いんだなって痛感しました。仕事も覚えて技に磨きがかかってきた頃に会社が調子悪くなってきて、結局給料も3ヶ月出ないまま。”これは転職しなきゃ”って思い、色々あたりましたが実務がないので設計デザイン事務所がやとってくれないんです。私が今出来る事は工業デザインのプロダクト系。それでPOPデザインの会社に入って、薬局にある人形やらスーパーにあるポテトチップスの箱、ディズニーシーのお土産なんかを作ってました。何か毎日泣きながらやってたような記憶が(笑)。それで前に通っていた予備校の先生に「また学校に戻ってイチから勉強し直そうかな」って相談したら「学校よりも実践!」ってはっきり言われて、またバイトやらインテリアデザインの会社を転々としました。

――でもその経験が今役立ってるんですよね。それでプラン・ドゥ・シーに入社ですか?

最初はアルバイトからだったんです。1ヶ月程たってから伊藤園の子会社のナチュラルステーションという駅なんかにあるフレッシュジュース屋さんのリニューアルデザインの話がやって来て、これはチャンスだと思い「やらせて欲しい!」って社長に直訴したんです。それで社長がOKしてくれて、チェーン店っぽい感じから白木の木目調に店内を変えてみました。それでそこは大成功したんです。

――やったー!(笑)。

はい(笑)、それでどんどん仕事が入ってっくるようになって、徳島にある地ビール工場兼レストランのリニューアルもしました。そこは売り上げが良くないからお願いされたんですが、リニューアルした事で年間10億まで売り上げが伸びました。

インタビュー画像3

お仕事中の畠山さん。この会社、女性のスタッフが多いんです。華やかな感じがしました。


――それは凄い。10億...。

それから京都のTHE GARDEN ORIENTAL KYOTOというレストラン+ウエディングのデザインをしました。元々高台寺という場所にある日本画家さんのお孫さんのお家だったんですが、4年かかって社長が口説きまして、そこをお店にさせていただいたんです。お庭が1300坪もある所だったんですが、ディテールは中国+韓国のイメージにして、オリエンタル系に直していきました。

――そして博多のWITH THE STYLE ですね。とても人気だそうですね。何やら予約が全然取れないとか?

ありがたい事です、本当に。デザインは小坂竜氏との共同作業で行いました。でもホテルってやってみたかったので、基本的には自分が居心地が良いと思える空間をイメージしました。私の希望なんかも取り入れられたんです。プラン・ドゥ・シーという会社の社訓が"I'm one of the customers"。まずはやる。絶対NOと言わない。発想出来る事でエネルギーに変えると言うのがあるんです。

――社長さんに感謝ですね。もし彼が最初のフレッシュジュース屋さんのデザインを畠山さんにやらせてくれなかったら、全てなかったかもしれませんよね。僕はとてもいい会社だと思います。まずはスタッフが楽しんで仕事が出来る環境がありますよね。なかなかありませんよ、本当に。

インタビュー画像4

畠山さんの手掛けた徳島のリニューアルして大成功した地ビールレストラン。確かにお洒落でカッコいいですよね。

そうですね。両親と社長には感謝しています

――さて、当然今のお仕事でパソコンをお使いだと思うんですが、どんな事がメインでしょうか?

基本は私達の仕事はまずオーナー様へのデザイン提案から始まります。そこでそのサンプルを作り上げていくんですが、雑誌や今までの作品を使用してイメージコラージュを作ります。その全てをパソコンで作っていきます。プレゼンシートを作る事がまず重要な作業ですね。そして、そのレイアウト図や図面を使って、こうなりますよと提示していきます。土地や容積の正確な情報もプラスさせて、全く新しいコンセプトを作り出していくんです。これはパソコンでないと無理ですね。あと私の場合、街に出て調査します。そこで得たアイデアなんかもパソコンにストックしていきます。人気のお店の情報とかですね。それとプラン・ドゥ・シーではひとつのフロアーにオペレーションサービスのスタッフもいて、必要な情報が社内から受けられるんです。お店を作るにあたっての必要なノウハウを知っている人間の全てがいます。この情報もパソコンに全て取り入れレイアウトしていきます。それとこの会社の関連下に設計事務所がありまして、そことのやり取り、例えば図面データの交換も全てパソコンを使用しています。


 

――――現在使用しているバッファローのハードディスク(HD-250U2)についてお聞かせ下さい。

バッファローのものは小さくてデザインも好きです。先程話したプレゼンシートの場合でもそうですし、私の仕事の中では写真データのストックが半端でない量なんです。物件ごとに必ず大量の写真が必要となりますし、それを今後も資料として残していかなければならないんです。物件ごとに常にまとめておいて、いつでも取りだせるようにしておかなければなりません。写真も大事なオーナー様に見せるようなものもありますので、こちらで加工してキレイにしておく必要もあります、そうなるとまたデータが重くなっていき、1枚の写真だけで10MBになったとして、1物件でその写真が50枚必要になってくると、それだけでもう500MB。これをいくつもの物件ごとで資料を作って、整理していると大変な時間と容量を使うんです。それがこのバッファローのハードディスクの中で簡単にまとめていけるし、正直値段もお安いのでいくつもそろえてストックしていけますよね。とにかくデータは大変な量なんですが、絶対残しておかなければいけないし、ひとつの仕事が終わって、はい終わりという訳にはいかないんです。なので言い換えればバッファローのハードディスクの数が私の仕事の歴史って事になりますよね。

――もっとたくさんの畠山さんのデザイン物件を期待してますよ。では最後に畠山さんのようなお仕事を目指す人達に一言お願いします。

私が一番学んだ事は人の言葉を素直に聞く事です。色んな意見を聞いてまずやってみる。すぐNOとは言わない。私の場合はそこから道が開けた気がします。

――今日は本当にどうもありがとうございました。

インタビュー画像5

これも畠山さんデザインの京都のTHE GARDEN ORIENTAL KYOTOの店内です。ホント行ってみたいです。


料理写真

 

クリエイターの好きな料理“この一品!”
鳥のお好み焼き
「会社の近所に出来たオシャレな立ち飲み屋さんに行くと必ずオーダーされる“鳥のお好み焼き”です。タコ焼きのような、お好み焼きのような味で一回食べたら忘れられない味です。鳥肉を使っていてヘルシーなところもお気に入りです」とのことです。

インタビューの様子もご覧下さい。
Quick Time Player
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ヒートシンクボディ採用 外付ハードディスク HD-HBシリーズ 製品写真
ケース内部の熱を効率的に排出する3層構造の新素材「ヒートシンクボディ」を採用。ファンレス筐体に流体軸受ドライブと、静音化を実現したハードディスクです。パソコンとハードディスクの利用シーンを便利にする、バッファローお薦めのユーティリティが添付し、ハードディスクを有効に活用できます。

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