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@PROFESSIONAL USERS クリエーターインタビューby LAVA  
31 ハードディスクを持ち運べるのはクリエイティブな作業には大事な要素ですね
本人写真
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金田 崇 建築家

金田 崇(かねだ たかし)

1971年、宇都宮生まれ。1994年、千葉大学工学部建築学科卒業。1996年、千葉大学工学研究科工業意匠学専攻卒業。1996年、(株) コミュニケーションエンジニアーズ 入社。1999年、(株)倉田裕之/建築・計画事務所 入社。2002年、 Collision Design一級建築士事務所 設立。

■業務内容
□建築
●建築物の設計・監理 ●内装設計・デザインの設計・監理 ●家具デザイン、キッチンデザイン等建築物に関わるすべてのトータルデザイン、プロデュース

□グラフィックデザイン
●紙媒体全般のアートディレクション、デザイン ●装丁、雑誌紙面デザイン、ポスター、リーフレット、CIのディレクション、デザイン ●その他印刷物全般のディレクション、デザイン

□インダストリアルデザイン
●家具、家電、雑貨等の設計・デザイン
●上記に関わる販促物の企画、制作

■Collision Design一級建築士事務所

□URL:http://www.collision.jp/ □URL:http://cdknd.exblog.jp/

――まずは建築の世界に入っていったキッカケを教えて下さい。

幼稚園の頃の夢が大工になる事だったんですよ。

――え、(笑)。なんでまた?

近所で大工さんが家を建てている場所で遊ぶのが何故か好きでした。なんか物を作っている様が楽しそうに見えたんですね。それで大工さんに憧れて。後はうちにはおもちゃと言える物がレゴしかなかった。LAVAさんは分かると思いますが、僕たちが子供の頃って超合金とか流行ったじゃないですか。コンバトラーVとか。ああいうの買ってもらえなかったんです。それでレゴ(笑)。それも親戚のおさがり。でも悔しいからやっているうちに家とか車とか作れちゃった。

――なるほど。僕とは全く逆の子供ですね。技術の授業で唯一ラジオを作って鳴らなかったのは僕だけでした(笑)。

なんか僕は手先だけは器用だったみたいです。だから図画、工作は得意でした。決定的だったのは、僕は宇都宮出身なんですが、大谷石採掘場というのがありまして、そこでガウディの映画をやっていたんです。親が連れて行ってくれたんですが。とても印象に残っています。ガウディも好きになりましたし。

インタビュー画像1

東京恵比寿にある金田さんの仕事場。6階にあり、窓からの景色も良かったです。


――なかなかモダンなイベントですね。雰囲気最高な感じです。でもそれが決定的に建築系の仕事につきたかったキッカケとは、なかなかませていると思うんですが。

インタビュー画像2

金田さんの手掛けている建築物の数々。どれも素敵で一度はこんな所に住みたいなと思えるものばかりでした。

まあそうですね。でもそこで始めて建物を作る人を建築家と呼ぶんだって知るんです。でもそうなるための努力をすぐに始めたわけでもなく、中学、高校はブラブラと遊んでばかりいました。中学では部活にも入る事なく、下が本屋さんで上がレコード屋さんという僕にとってはグッドロケーションの場所で、仲間と溜まってはだらだらやっていました。高校では美術や演劇部に所属しますが、演劇部の発表会で女子校の子達と知り合えるから在籍しているようなもので(笑)。その後進学という事になったんですが、何やろうかなって思ったとき、やはり僕は大学の建築学科を選んだんですよ。それで一浪して千葉大学に合格しました。建築学科に入るんですが、何をしたらいいのかさっぱり分からない。親には本当に申し訳ないんだけど、バイト、バンド、飲み、こんな感じの日々で授業は三分の一も出たか、出ないか。それで4年間が過ぎて行きました。

――でも就職って事になりますよね?

そうなんですよ。いずれそういう関係の仕事にはつくだろうなって思っていましたが、あまり建築関係の仕事には良い印象が当時なかったんです。現場監督がヘルメットかぶっているような感じに僕はひかれなかったんです。いわゆるそれはゼネコン系ですが、卒業生はゼネコン系に行く人が多かったんです。でも当時はバブルがはじけて就職難の時代。それで「建築はやめよう」って。


――えー、いきなり方向転換?

僕は子供の頃から姉の影響で音楽が大好きで。主にロックなんですけど。

――なんとなくルックスで分かりますが(笑)。

はい(笑)。で、レコードジャケットやポスターを見てデザインに興味を持ったんですよ。グラフィックデザインですね。結局は就職先もないし、デザインにも興味を持ち始めたので、もっと勉強しとこうと思い、そのまま大学院に進みました。工業意匠学科という所に入ってプロダクトデザインやデザイン一般を勉強しましたね。純粋芸術の先生について2年間アート的な事にトライしてみたわけです。 その頃、卒業する前に研究室にマックが入ってきまして、デザインとマック、何か社会が動き出しそうな感じを受けました。それで卒業文章のテーマが「デジタルとアナログ」でしたね。コンピュータは操作するボタンで作品が作られるが、アナログは手で描いたり、写真を撮ったり、ギターを弾いたり。だからアナログが大事みたいな事を書いたなあ。なつかしいです。

――それで就職先はありましたか?

東京の麹町にあるグラフィックデザイン会社に入りました。最初は落ちたんですが、その会社はもうひとつ雑誌のレイアウトなんかを手掛ける会社を持っていて、社長に気に入られていた僕はなんとかそっちに入れる事になって。

インタビュー画像3

本人はワイルドでどちらかと言えばロック系なんですが、作っているものは繊細で、とてもお洒落なものでした。


副社長がなかなか面白い人物で、僕にいきなり表紙から雑誌全体のディレクションまでやらせてくれました。5年間その会社にはいましたが、デザイン上のバランス感や色彩感覚、もちろんコミュニケーションを含む人間関係に至るまで勉強しました。そして28歳の時、仕事がルーティン化してきた事で新しい事がしたくなってきまして。歳をとってきた事で建築関係の知識が頭に入ってくるようになったんです。上手く説明出来ないんですが、大学時代は社会に出ていないからよく分からなかった。社会に出たら色々とやりたい事をやっている人達に出会えて、自分もやはりやりたい事をやるべきだなって。それで大きなものを作りたいという意識が芽生えてきたんですね。デザインの時はラッピングバスという広告付きのバスがあるんですが、その仕事を手掛けた時に、大きくてもここまでだろうなって思っていました。それよりも建築は大きなものが作れるだろうなって。それで無性に作りたくなってきたんですよ。

インタビュー画像4

ご愛用のバッファローの外付けポータブルハードディスクHD-PHG160U2/UCBK。数々の建築物のイメージも持ち運べるハードディスクによって生まれているそうです。アイデアは大事ですよね。

――なんか分かります。大きなものは作り手には魅力ですよね。

それで29歳の時にアトリエ系のいわゆるデザイナーズ的な奇麗な建築物を手掛けている設計事務所に入れたんです。グラフィックが出来て印刷媒体のノウハウもあったから僕は中途でも入れたんですね。でもそこはプロダクトや家具のデザインを主にやっていて、建築系の仕事がなかなか入ってこない。でも今思うとプロダクトや家具のデザインから入っていけたのは良かったんです。細かい所の寸法を知る事で実は大きな物の全体の収まりや、ちょうどいい寸法感が分かるようになったんです。でもその会社にいる時に遂に来たんですよ。建築の仕事が。設計は会社の先輩がやって、僕は先輩の後について現場を見るんですが、何だかさっぱり分からない。進め方?全然分からない。でもそんな事を半年やっているうちに建築のプロセスから完成までの進め方は分かりました。理解出来たんです。それでその会社を辞めて一級建築士の免許を取得するために2ヶ月みっちり勉強して受かりまして、今のCollision Designを2003年の4月に立ち上げました。


――1件やっただけでいきなり独立ですか?

全く仕事は来ませんでしたね(笑)。知り合いのリフォーム1件。でもグラフィックをやっていたのでコンペに出す資料なんかはすごく上手く作れたんです。でも最後の最後まで残って2〜3人のコンペになって家を建てたい人に実際に会うと経験と中身がないのがばれる(笑)。それが半年以上続いたんですが、それから初めて1件とれたんです。

――おー、やったー!

練馬区の3階建ての一戸建てを作ったんですが、その時テレビ東京で放送していた「完成ドリームハウス」という番組の取材が入ったんですね。それがテレビ放送されたら僕に問い合わせが殺到したんです。20件以上来たかな?テレビって凄いですよね。それで全部は出来ないから3件ぐらい仕事して、その後は口コミなんかで広がっていってくれました。だんだん忙しくなってきた感じですね。今は主に住宅がメインで、リゾートホテルの改修の仕事や店舗デザインなんかもしています。

――金田さんの建築家としての持ち味は?

デザイン上はあくまでもシンプル。使う人がメインであって建物がメインではない。なので使う人から話しを十分に聞き出します。「何が欲しい」、「こういう風に住みたい」、そこから形にしていきます。使う人が100%満足いかないと僕は満たされない建築家ですね。

――では金田さんがお使いのバッファローの外付けポータブルハードディスクHD-PHG160U2/UCBKについてお聞かせ下さい。

インタビュー画像5

そのハードディスクに入っている図面を見せてくれました。ここからあの素敵な建築物が始まっていくんですね。


主にパソコンは図面書き、データベースの管理、書類作成、グラフィックデザイン等に使用しています。あとは気分転換のiTunes(笑)。現在これだけ膨大なデータの量を扱っているので当然ハードディスクは必要になってきますよね。前は外付けでも5〜10GB程度でしたよね。そこに入らないとCD-Rに焼いたり、MOに入れたり。まあそれが今ではこれ160GBでこんなに軽くて持ち運べる。使わないわけがないですよ。当然過去のデータも全て入れられますしね。現在これには今手掛けているバックアップは全てとっています。

インタビュー画像6

世代も一緒の彼等。LAVA氏もいつか金田さんの作る音楽スタジオで仕事がしてみたいと言っていました。

それと僕は気分を変える事をとても大事にしていて、ずっとここで仕事していても煮詰まるんです。たまには外にも出たいし、家に仕事を持って帰る事もある。環境を変える事は常に心がけています。大事なアイデアは一カ所に留まっていてもなかなか出てこないんですよね。なのでハードディスクを持ち運べるっていうのはクリエイティブな作業には大事な要素になっているんです。それに耐衝撃性っていうのがあって、落とした場合の衝撃に耐えられる要素、構造が組み込まれています。安心して持ち運べますよ。最近はバッファローのルータも買ったんですが、この会社には絶大なる信頼感を僕は持っているんです。それこそハードディスクが出る前に使っていたMOもバッファロー製品でしたね。

――では最後に金田さんのように建築家になりたい人達にメッセージをお願いします。

根つめずに、でも諦めずに。やってみないと分からない事がたくさんあるので、臨機応変に対応出来るようにしておいた方がいいです。後はあらゆる事にアンテナをはっておく事ですね。

――今日は本当にどうもありがとうございました。



料理写真

 

クリエイターの好きな料理“この一品!”
「ピザパン」:金田さん曰く「最近近所に出来たパン屋さんのピザパン。とにかく値段のわりには具沢山で、たこ焼きを入れるお皿みたいなのに乗せてれてくれるのもなんか面白い」との事です。

インタビューの様子もご覧下さい。
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Windows Media Player(700k)

HD-PHGU2/UC 製品写真
落としても安心のポータブルハードディスクに、快適なモバイル機能を満載した高機能モデル。持ち運びに便利なケーブル巻付け収納機構や、モバイル利用での利便性を強化した暗号化ソフトの搭載、仮想CD/DVD機能などが搭載され、快適なモバイル生活をサポートします。

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