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HOME > @PROFESSIONAL USERS インタビューby LAVA > 44 YUSUKE アート&音楽プロデューサー

@PROFESSIONAL USERS インビューby LAVA

YUSUKE(ゆうすけ)

44 アート&音楽プロデューサー

美しい作品を作るには、美しい環境と、美しく描き出すモニタが重要

第44回目の@PROFESSIONAL USERSはアート&音楽プロデューサーのYUSUKEさん。旅をメインコンセプトと考え、そこから生まれた感覚を武器に、アートと音楽の融合を目指すプロデューサー。YUSUKEさん自身も東京から伊豆に移り住み、自然の中でのインスピレーションを大切にしているという。現在は箱根彫刻の森美術館と東京タワーでのイベントをプロデュースし、今年の5月には写真展も控えているという。そんなYUSUKEさんは以前からのバッファローユーザーで、現在はバッファローの液晶モニタ、FTD-W2025HSR/BKを使用しているとこの事。早速LAVAが取材に伺いました。

プロクリエイターが選んだ製品 USB2.0対応 耐衝撃ポータブルHDD TurboUSB機能搭載 HD-PMU2シリーズ

ホンダのエンジニアからデザイナーへ

――幼少時代に何か現在のお仕事につくキッカケがあったら教えて下さい。

祖父が絵描きで、有名な装丁画家でもありました。彼の代表作に太宰治の「斜陽」があります。

――もの凄いおじいちゃんですね。

はい。母親も絵描きで、童話の本の表紙を描いたり、昨年は銀座で個展も開いていましたね。父親はオブジェを作るアーティストで、あくまでもベンツの鉄を使って作品を作るんです。メタルアートと呼ばれるジャンルです。家族はそれぞれの世界を持って生きている自由人だったので、自然と僕も4、5歳で「自分はもうひとりで生きていくんだな」なんて思っていました(笑)。

――この家族だったらそう思うはずです。

それで中学、高校と進みますが、なんとか集団生活になじもうと思ったんですが、無理でした(笑)。

――でしょうね(笑)。

もう好きに生きようと思って、17歳の夏に自転車を分解して北海道に持って行き、大地を走りまくったんです。そしたら神が降りてきました。それで自分の居場所が何処だか分かったんです。学校生活で去勢されていたと感じていた部分が、そこで解放されました。自分が変わりました。旅とか放浪の中で何かにインスパイアされたものを作っていくという人生は楽しいんではないだろうかと考えるようになったんです。

――なるほど。目覚めるとはそういう事を言うんですね。

それまで口をつむんでいた少年が突然いきいきとしゃべりだした感じですね。その頃から音楽を作ったり、写真を撮るようになりました。高校に戻って、さあ進学は?となった時に出て来た答えは旅でした(笑)。

――(笑)素晴らしい答えです。

それと自分が父親になって子供を持った時に、どういう10代だったのと聞かれたら、こういう事をやっていたとちゃんと言えるようにしいておきたかったんです。

――全くもって興味深い人です。その後は?

高校を卒業して、旅の中から音楽、アートを学ぼうと思い、1年間ヒッチハイクの旅に出ました。旅をしていると写真を撮りたくなり、ひとりでいると口笛を吹いたりして、音楽も降りて来る。沖縄から北海道までを縦断して、お金がなくなれば訪れた場所でアルバイトをしていました。インスピレーションと直感だけを信じていました。ただ、社会的に生きていかなかればならない年齢になっていたのは事実で、世捨て人のようになってはならないと思い、21歳で大学に入学しました。勉強はしておこうと思いしましたが、やはりなじめない(笑)。

――繰り返しますね(笑)。

クウェートの王子様に認めてもらったデザイン

そこからはアルバイトをしてお金を貯めて、海外への放浪を始めます。最初に訪れたのはフィリピンでした。そんな事をしていたら大学も留年して、結局26歳まで通いました。20代はこの繰り返しですね。アルバイトして、お金は海外放浪に使う。でもその繰り返しで、僕は自然に音楽、アートの技をつかんでいきました。感覚がどんどんと磨かれている感じが分かりました。それで大学を卒業してからラジオの制作会社に就職しました。

――なんかいきなり展開が普通になりますね(笑)。

そうなんですよね(笑)。放送作家でもやらないかと知り合いから誘われて、やってみようかなと思ったんです。ディレクションも含めてトータルでやっていくようになりました。90年代前半の音楽業界もバブルの時代でした。自分でもおそらく3ヶ月ももたないだろうなと思っていましたが、意外とその世界にはまり、結局は12年間いたんです。自分はもうやり残した事はないし、最終的に管理職になるのは嫌だったので、40歳の時にもう一度自由な人間に戻ろうと決意しました。

――車寅次郎、復活ですね(笑)。

その通りです。でもだんだん大変になってきました。旅をするのにもお金はかかるし、10代の頃のフットワークもないし。もんもんとしている時に、会社を辞める時に引っ越そうと思っていたので、東京、青山のマンションを購入しました(笑)。

――なんか訳の分からない展開ですが(笑)。

いや、せっかくだから都会のど真ん中に住もうと思ったんです。窓を開けたら東京タワーですよ。それを眺めて暮らしているうちに、偶然にも東京タワーをリニューアルするから展望台でのイベントをプロデュースしてくれないかという依頼が来ました。

――呼び込みましたね(笑)。

こういう展開ってあるんですよね。それ以来、毎週水、木、金曜日に地上150メートルの東京タワー大展望台でライブやDJのブッキングをしています。夜景と音楽をテーマにプロデュースしているんです。単に音楽だけでなく、そこには夜景もあり食もある。それらが加味される事で、今まで聴いていた音楽が違う聴こえ方をしている事に気付きます。

――なるほど。行ってみたいですね、それは。

今は都会から伊豆の山奥へ移り、自然と音楽とアートの一体化した空間をつくっています

でも東京タワーの仕事しかなかったので、青山のマンションをひき払い、いきなり伊豆に引っ越したんです。たまたま良い物件を山の中に発見しました。

――YUSUKEさんらしいです。

この生活にはとても満足しています。近所でもあった箱根彫刻の森美術館に、父の作品も展示していた事もあり、父から美術館の人に会いに行ってくれと頼まれました。車で向かっている最中、その日はもの凄い霧で、ジャズを聴きながらドライブしていたら、なんかすごくフィットした感じを受けました。

――うん、うん。分かる。

それで美術館の担当の人に父の話しや、自分の経歴等を話していたら、館内に空いているスペースがあるから、面白い企画があったら教えて欲しいと言われました。たまたまさっき車でジャズを聴いていたら、箱根にジャズや音楽は合うと感じたので、美術館に音楽を取り入れるのはどうでしょうかと提案しました。そのスペースを「アート・オン・ミュージック」と名付け、音楽の中にあるアートを展示したり、販売したり、イベントを行ったり。箱根の自然と音楽とアート。これが三位一体になったスペースを作りたいと提案しました。これが通り、昨年の3月、美術館のリニューアルも含めたグランドオープンした際に始まりました。

――僕もそれはとても面白い企画だと思います。どんな作品が展示されているんですか?

インテリアを意識した楽器、音楽をモチーフにした立体彫刻、アートを意識したレコードジャケットやポスター等です。ユーミンが前にインタビューで「マチスの絵から音楽が聴こえてくる」と言っていたのを覚えていて、それをヒントにしました。僕は必然で伊豆にやってきたと思えます。アート・オン・ミュージックを通して、肩書きや立場とか、そういったものを超えて、人々が忘れてはいけない、気持ちが共有出来るアートと音楽を発進していきます。殺伐とした事件が多い中、国家や性別や肩書き等はいっさい忘れて、世の中には決して失ってはならないものがあります。それがアートと音楽です。未来は子供達の為にあります。そういう子供達が自然に囲まれた場所に来て、楽器を触ったり作ったりする事は本当に大切な事です。一言で言うと人間回帰。僕は人の心をプロデュースしていると思います。

――とても共感出来ます。僕も是非行きたいです。ではパソコンの話しになりますが、昔からバッファローユーザーだったと聞いています。

はい。外付けHDやUSBメモリーなど、結構多く使っています。自身の写真展を5/15〜7/10の2ヶ月間、箱根彫刻の森美術館でやるんですが、その為に写真を大きくしたり、加工したりで、パソコンは昔からの必需品ではあるんですが、なおの事、今は毎日向かい合っています。それで解像度の高いモニタが必要だと思い、バッファローの液晶モニタ、FTD-W2025HSR/BKを使っているんです。これは今の僕にとって不可欠であり、とても重要なモニタです。宣伝物、パンフレット、リーフレットのセンスが我々の世界ではとても重要です。と言う事はDTPがとても重要。そこにプロデューサーの能力が問われます。他人任せでもいけないし。そういった物を作るのにあたって、必要なのはパソコン。そして大きなモニタです。僕はこのモニタで作品をしっかりチェック出来るんです。それとこのモニタを見ていると、より想像力が増してきます。僕の伊豆の仕事場の窓から見える景色は富士山であり、箱根の山々であり。その窓際に置かれたバッファローのモニタは、見事に自然と調和していて、僕の中ではアナログとデジタルの境界線を越えています。美しい作品を作るには、美しい環境と、作品を美しく描き出すモニタがある事が重要です。僕のこの部屋からは手放せないモニタになっています。

――ありがとうございます。では最後にYUSUKEさんのようなプロデューサーを目指す人達にメッセージをお願いします。

全ては直感だ大切。点と点はいつか線につながっていきます。時間はかかるかもしれませんが、いつかは線になっていくので、自分の直感を信じて下さい。

――今日はどうもありがとうございました。

 

Creator's Profile

本人写真

YUSUKE(ゆうすけ)

1961年、東京・神楽坂生まれ。青山学院大学経済学部卒業。ラジオ番組の制作会社にて数々のFM番組の制作を担当。2000年、フリーランスとなる。2002年にスタートした夜景と音楽をテーマの東京タワーClub333プロジェクトは6年目に突入。毎週、夜景をテーマに、コンサート・DJ・イベントをプロデュース。2007年、箱根彫刻の森美術館で音楽とアートをテーマにした「Art On Music」を立ち上げる。4年前に東京から伊豆の自然の中に移り住み、プロデューサー、写真、ラジオ番組のDJなど幅広いフィールドで活動中。

[これまで担当した主な番組]
FM横浜「福山雅治ロックエイジ」/TFM「近田春夫・清水ミチコのザ・オーディション」/TFM「アリタリアボンビアッジョ/中島啓江」/TFM「Panasonic Tower Station」他多数。

[写真家としての活動]
2004年7月 NHK「新シルクロード」海外取材
2006年4月 写真展「fact1/2」 於:三島市・エクリュの森・ヨーズギャラリー
2006年6月 YUSUKE「風の記憶・シルクロード写真展」於:三島市・丸平ギャラリー
2006年7月 日中映画祭の上映関連作品としてシルクロードの作品を出典 於:横浜赤レンガ倉庫
2007年12月 東京タワー開業50周年カレンダー

株式会社アートオンミュージック 
http://www.art-music.jp/
http://www.photonova.biz/

Interview Photo

※画像をクリックすると大きな画像をご覧頂けます。

画像01

『朝陽のルクサンプル』
YUSUKEさんが旅の中で撮影した写真から。朝方のパリ、抱き合うカップルに陽が差し込んでいます。美しい写真です。

画像02

『空と傘』
これはベルギーで撮影。お祭りの風景だそうです。

画像03

『アンダルシアの子供たち』
これは僕もお気に入りの写真のひとつで、スペインの子供達を撮影したものです。僕はこれを大きくパネルで欲しいとYUSUKEさんに頼んでおきました。

画像04

箱根彫刻の森美術館にある、YUSUKEさんプロデュースのスペース、アート・オン・ミュージック。たくさんの興味深い作品と、アート、音楽を通してYUSUKEさんから未来の子供達につながっていくメッセージが込められている素晴らしいスペースです。

画像05

伊豆の仕事場で、まさに自然と一体化しているという、バッファローの液晶モニタ、FTD-W2025HSR/BK。バッファローの高い解像度が、作品を作る上でとても重要だとおっしゃってくれました。

画像05

そしてその仕事場で作業中のYUSUKEさん。今は5月の個展に向けて大忙しの様子です。

画像06

アートと音楽について愛のある話しをしてくれたYUSUKEさん。僕も見習う点がありました。彼の志しは必ず世界の子供達へとリレーションしていくと思います。

Creater's Favorite Foods

クリエイターのお気に入り料理

お手製の麻婆豆腐

僕の手作りの麻婆豆腐です。自分で言うのもなんですが、めちゃくちゃ上手いです

今回登場した製品

製品写真

20.1型ワイド HDCP対応 スピーカ搭載 液晶ディスプレイ FTD-W2025HSRシリーズ

ワイドで高解像度「WSXGA+」(1680x1050)で表示できる液晶ディスプレイ。デジタル映像の著作権保護システム「HDCP」に対応し、ハイビジョン映像コンテンツも楽しめます。高コントラスト/高輝度/広視野角に加え、擬似フルカラー1677万色表示で鮮やか。光沢感のあるグレアパネル採用。

FTD-W2025HSRシリーズ製品ページ

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