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HOME > @PROFESSIONAL USERS インタビューby LAVA > 49 南部竜雄 DJ/選曲家

@PROFESSIONAL USERS インビューby LAVA

南部竜雄(なんぶたつお)

49 DJ/選曲家

DJブースに持ち込んでも調和するデザインと1テラバイトの大容量は最高

第49回目の@PROFESSIONAL USERSはDJ/選曲家の南部竜雄さん。僕の大先輩でもある南部さんは現在都内ラウンジレストランでのレギュラーDJに加え、MT5というプロジェクトで医療の為のBGMをセレクトするという大変興味深い活動を始めたという。何千曲とも言える曲をバッファローの外付けHDD、HD-M1.0TIBSU2にストックし、日々音楽のセレクトを行っている。今までのDJとしての経歴、そしてその医療でのBGM制作の裏側を、南部さんがレジデンツDJを務める赤坂サカスに新しく出来たレストランP.C.A.にてお話を伺いました。

プロクリエイターが選んだ製品 USB2.0/eSATA/FireWire800/400用 外付けHDD for mac HD-MIBSU2シリーズ

DJになったのは高校生のとき、マイクを握ると人格が変わりました(笑)

――南部さんは僕の大先輩です。今日はとても楽しみに来ました。まずはDJになったキッカケを教えて下さい。

初めてディスコという場所に行ったのは中学2年生の時。僕はその頃京都に住んでいたのですが、大阪にある「クレイジホース」というディスコでジェームスブラウンの“SEX MACHINE”を聴いた時、単純な言い方ですが感動したんです。その後、映画「サタデーナイトフィーバー」の影響で世の中は空前のディスコブーム。京都にある「カルチェラタン」というディスコに通い詰める毎日でしたね。そして友人に京都市内に「アトランティス」というディスコがオープンするから面接に行かないかと誘われて、そのままそのお店で働く事になったんです。ホール、カウンター、キッチン、エントランス、ビラまきと全てやりました。「アトランティス」には僕のひとつ上の先輩がDJとして入ったんですが、彼が半年も経たないうちに辞めてしまって、急遽僕がDJをやることになったんです。

――まだ南部さんはその頃高校生ぐらいですよね?なんだか凄い時代ですが楽しそうな展開です。今のDJとその頃のDJの決定的な違いは何でした?

当時は喋りがメイン(笑)。選曲も大事ですがパフォーマンスが重要な時代。僕は舌ったらずで、喋りは得意ではないと思っていましたが以外とマイクを握ると滑舌良く喋れたんです。16歳で自身の2面性を知りました(笑)。それと当時のシーンはソウル、ブラックミュージックが中心で、僕はジョージ・クリントンが大好きでした。その時代はDJが自ら踊ることがブームで、今に比べると魅せるDJが多かったですね。なので僕もレコードをかけ、喋り、踊りました。16、7歳ぐらいでディスコで注目されるDJになれたので、それが当然病みつきになってしまったんです。仕事と言うよりは楽しい遊びを発見してしまった感じですね。

――なるほど。単純に言えば今よりもDJはエンターテイメント性が高かったと言うことですね。その後の南部少年は?

ふたつのお店から誘われて、ひとつは大阪にある「ボトムライン」というディスコ、もうひとつは東京の「シンデレラ」。当時の僕はある女性とも別れ、京都の通い詰めた老舗のディスコもつぶれ、なんだかがっかりしていて、京都から離れようと思っていたんです。悩みましたが東京に行こうと決めました。誘われていた「シンデレラ」には行かずに、六本木の「コスモポリタン」にDJとして入りました。「コスモポリタン」は表向きはサーファー向けのディスコでしたが、「クライマックス」というお店がつぶれ、そこのスタッフがほぼ全員「コスモポリタン」に入り、音もソウルからロックをかけるようになり、当時の六本木では人気のお店になりました。その後は六本木内のディスコ、「ネペンタ」、「レキシントン」に行き、23歳の時に現在のラウンジレストランを予感させるようなお店に入りました。「ピジャマ」というお店です。ダンスフロアーや照明もあるんですが、ちゃんと食事も出来るようなお店でした。今思うとそれが“ラウンジ”の始まりだったような気がします。そして1年ぐらいしてから「プレステージ」というディスコに移り、そこにいる時に飯倉片町にあった大人気のお店「クレオ」からレジデンツDJにならないかという嬉しい誘いがあり、また移ります。

――しかし本当に色んな所でやってますよね。

本当はもっとあるんですよ(笑)。実は当時勉強も兼ねてニューヨークかロンドンに行こうかと悩んでいたんですが、「クレオ」でDJをする事でその悩みが吹っ飛んだんです。お客さんはほぼ外国人だったんです(笑)。僕はそこで決定的なことを学びました。大体のDJは曲の途中でテンポを合わせ違う曲につないでいきますが、1曲をちゃんと完奏させないと外国人達が怒るんです。「最後までかけろ!」って。DJは音をスムースにつないでいくことも必要だけど、良質でお客さんが期待している曲をタイミングよく1曲まるごとかけることが重要なんだなとその時に気付けたんです。これは大きな収穫でしたね。

――お店を転々としながらも学んでいったんですね。

そうですね。ディスコブームという事もあり、DJをしているとまわりから求められる時代でしたからね。自分からつまらない、辞めたいと思って辞めたことは一度もないですよ。それに何処のお店に行っても自分のポテンシャルがずれていなければ同じですよね。まずはお客さんを楽しませるということです。

クウェートの王子様に認めてもらったデザイン

――最近の活動を教えてください。

レジデントDJとしては恵比寿の「AOYUZU」というレストラン、あとは赤坂サカス内に新しく出来たレストラン「P.C.A.」です。

――ディスコから這い上がってきた南部さんとしては、レストランではどういうスタイルでDJをしているんですか?

食事をしている、お酒を飲んでいる、ただ踊ってはいない。その空間で音楽をかけることは実は今まで転々としてきた経験がとても役立っています。基本はお客さんを楽しませるということは昔も今も変わりません。その為には自分も楽しまないとね(笑)。それと医療関係のBGM作りに携わっています。まずは歯科医院でのBGMを現在担当していて、僕が現在仕事をしているのは町田市鶴川にある「つるかわ楠原歯科医院」です。オーナーでもあり医院長の楠原さんは女性ですが、とても音楽の好きな方で、プラスそこの医院はとても洒落ています。彼女のセンスなんでしょうが歯医者さんとは思えないデザインで、まさにデザイナーズ医院。ただそういった作りでも音楽が有線にたよっていてはもったいなと思うんです。耳から入ってくる情報は結構残るもので、レストランにも言えることですが内装はいいのに音が今イチという所は今でも結構あります。医院でもまた訪れたいと患者さんに思わせるには音も重要な要素だと考えます。それを今回新たに医療の世界にアプローチすることで、さらに選曲家としても活動を広げようと思ったのです。我々にとってはチャレンジですが、とてもやりがいがあります。

――楠原歯科医院ではどのようなコンセプトで選曲していますか?

楠原先生がボサノバ好きというのもあり、耳にハートに気持ちの良い音を中心にセレクトしています。ただありがちな名曲のインストウルメンタルのみのカバーであったり、ヒーリング、イージーリスニング系は排除しています。オルゴール音楽とかはもってのほか(笑)。より1曲としてレベルの高い確立された音楽を僕なりにチョイスしています。例えばスティビー・ワンダーとか。えっ?と思う様な曲でも楠原先生の医院はお洒落なので、はまるんです。あとは耳に残り続けるような懐かしい曲も入れています。働いている方、患者んさんを同時に心地良くしなければならないので、これは僕の腕の見せ所ですよ(笑)。

――そのBGM制作にあたって、バッファローの外付けHDD、HD-M1.0TIBSU2を導入したとのことですが?

そうなんです。ちょっと仕事量が増えてきましたので、バッファローのを選びました。その前までは外付けのHDDを4台使っていましたが、もう音でパンパンで(笑)。なのでこれはもっと容量の多いHDDが必要だなと思い、前に使っていたという信頼もあったので、HD-M1.0TIBSU2を選びました。楠原歯科医院の1ヶ月分の音楽のセレクトで300曲程セレクトしていますが、それに使う容量が8〜10GB。そう考えるとこのバッファローのは1TB。医院でかかる音楽を300曲セレクトしていると考えれば100医院分の音楽はこの中に入ります。これは凄いことだし、本当に便利。僕みたいに少ない容量のHDDで今まで仕事をしてきたものにとっては奇跡に近いです(笑)。今は音源をAIFFのフォーマットで取り込んでいますが、これをMPGのフォーマットに変えればもっと入れられることにもなります。この音データは入れ替えもしますから、これ1台さえあれば永遠に使えるってことですよ。まさにブラボー!って感じ。デザインもとてもスマートで、僕が使用しているMacのPowerBook12inch(シルバー)と並べても飽きのこない感じで使えます。最近はDJブース内にもパソコンを持ち込んで音楽をかけることも多いので、これからは僕の選曲には欠かせないアイテムになることは間違いないです。

――医療のBGMはとても興味深い活動ですよね。バッファローがお役に立てているようで良かったです。では最後にこれからも増え続けるであろうDJを目指す人達に南部さんからメッセージをお願いします。

自分がいいと思ったものを信じて、行動していけば結果はともなっていきます。やり続けてください。

――今日はどうもありがとうございました。

 

Creator's Profile

本人写真

南部竜雄(なんぶたつお)

1977年から京都でDJ活動を開始し、80年代初頭から活動拠点を東京六本木に移す。その間、コスモポリタン、ネペンタ、レキシントン・クゥイーンを経て、82年には六本木旧テレビ朝日前のクラブ「ピジャマ」のDJ/アーティストプロデューサーを行い、83年からは伝説のDJ-MIX集団「MID」の中核メンバーとなりアレンジやリミックスなどの音楽制作を行う。84年には、六本木飯倉片町の伝説のクラブ「クレオ・パラッティ・ファラオ」にて外国人ターゲットのレジデントDJを務め、88年には渋谷のディスコ「S・Iジョー」に独自のライティングシステムを導入して、DJ兼エンターティメントディレクターとして活躍。90年には、六本木で日本初VDJ STYLEのディスコ「BUZZ」で活躍し有名となる。現在、DJ活動を中心に多種多様な分野へ選曲家として進出。

現在のレジデントDJ店舗
※恵比寿にある200坪の創作料理店、Food & Wine Dining「AOYUZU」。レジデントDJ(毎週月曜日、木曜日、金曜日
http://www.aoyuzu.com/

※40年歴史を誇る「パブカーディナル」の赤坂店「P.C.A. Pub Cardinal Akasaka」にてレジデントDJ。(毎週金曜日、第3土曜日)
http://sacas.net/

Interview Photo

※画像をクリックすると大きな画像をご覧頂けます。

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赤坂P.C.A.のDJブース内で選曲中の南部さん。彼のレストランでの選曲は本当に素晴らしく、インタビューにもあったようにお客さんの気持ちいい部分をよく理解しています。やはり僕には大先輩です。

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南部さんがブラボー!と喜ぶバッファローの外付けHDD、HD-M1.0TIBSU2。中を覗きましたがかなりの曲がセレクトされていました。ブース内にもよく持ち込むようで、このHDDはデザインも良いのでDJ機材との相性も抜群です。

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南部さんが選曲を務める町田市、鶴川にある「つるかわ楠原歯科医院」。お洒落な院内でリラックスして治療が受けられそうですね。新しい歯科治療の世界が広がります。
「つるかわ楠原歯科医院」
http://www.kusuhara-dent.com/

画像04

大先輩とのツーショット。南部さん、今後もグッドミュージックをよろしくお願い致します。

Creater's Favorite Foods

クリエイターのお気に入り料理

肉ニラ炒め定食

南部さん曰く「近所の中華料理屋さん”新京”の肉ニラ炒め定食は言葉では言い表わせないほどの上手さです。作っている大将は僕が思うに料理界の天才です。ここは何を食べても美味しいのです。僕はこのお店がある限り、この街から離れないでしょう」

今回登場した製品

製品写真

USB2.0/eSATA/FireWire800/400用 外付けHDD for mac HD-MIBSU2シリーズ

USBの実効転送速度を向上させる「TurboUSB(ターボUSB)」機能がMacにも対応。写真や音楽、動画など大容量ファイルを扱うMacユーザーの方におすすめ。アルミボディで優れた放熱性能。

HD-MIBSU2シリーズ製品ページ

外付けハードディスク  製品ページ

USBケーブルなどでパソコンに簡単に取り付けでき、大容量のデータが保存可能なストレージです。

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